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成人のてんかんと法的側面

本稿では、主としててんかんをめぐる法的諸問題に関して述べます。てんかんに関する法的問題は多岐にわたりますが、便宜上、援助制度と免許・資格制限に分けることができるでしょう。

1.法的援助制度

てんかん対策は長い間「医療と福祉の谷間におきざりにされてきた」と言われてきました。

医療面においては、てんかんを傘下におく唯一の法が精神障害をもつ人を対象としたもので、その施策の中心はあくまで精神分裂病であったため、十分な医療的援助を受けることができませんでした。一方、てんかんに関する福祉法が存在しなかったため、いいかえれば、てんかんは法的に障害として位置づけされて来なかったため、当然の帰結として、てんかんをもつ人は公的な社会福祉援助を期待することができませんでした。

しかし、1993年12月に心身障害者基本法が改正され、「障害者基本法」が成立したのにともない、精神障害をもつ人が障害に加えられ、てんかんをもつ人も障害者と定義されました。「てんかんは病気としての側面だけではなく、障害としての側面がある」という長年の主張がようやく認められました。障害者基本法の成立を受けて、1995年5月に医療法である精神保健法が、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(精神保健福祉法)に改正されました。同法は、医療法の中に福祉法を混在させた点で、独自の福祉法を有する身体障害者および知的障害者(いずれも法律名をそのまま転記)と異なっものです。この点で「医療費を削減して、浮いた分を福祉に回す」的な改正が同時になされたことは批判すべき点ですが、精神障害をもつ人が福祉法を手にした点では、画期的と評価してよいと思います。精神保健法の改正に伴い、てんかんをもつ人の福祉は精神保健福祉法に基づいて推進されることが決まり、同年中に、精神障害者保健福祉手帳制度が実施されました。

具体的に利用可能な医療・福祉制度は項を改めて紹介されるので、ここでは省略します。

2.免許・資格制限

てんかんに関する免許・資格制限は、個々の法律や規則の中に存在しています。欠格条項には、「精神病者とてんかん病者」が併記されているものと、「精神病者」とのみ規定されているものに分けられますが、「精神病者」という規定だけならてんかんは欠格条項に含まれないのかというと、法解釈上はほぼ同等の規制が加えられると考えるのが一般的なようです。日本においててんかんは法制度上、精神障害の一つとして扱われてきたからです。

また資格制限は絶対的欠格事由と相対的欠格事由に分けられており、前者は「…..の者には免許を与えない」という厳しい制限であるのに対し、後者は「…..の者には免許を与えないことがある」というゆるい制限です。

制限を受ける具体的免許・資格に関しては様々な通知、通達、運用で規定されているので、一人一人の症状に基づき、専門家と相談するとよいと思われます。ここでは運用次第で「絶対」が必ずしも絶対でないことを、運転免許を実例に挙げて紹介します。

3.運転免許

現在ほとんどの先進国において、てんかんをもつ人であっても、一定の条件を満たせば運転免許を有することは、法的に認められていますが、日本の法律では相変わらず絶対的欠格事由にあげられています。このような不合理な状況に対して、1989年に日本てんかん学会は、日本のてんかんをもつ人の自動車運転に関する大規模な調査を行いました。その結果、「抗てんかん薬の服薬の有無にかかわらず、3年以上発作が認められなければ自動車の運転は可能である。ただし、服薬中の人については、規則正しい服薬や治療者に対して偽りのない発作の報告などの条件が必要である」とされています。この結果をもとに、1992年には警視庁にてんかん学会として法改正の申し入れをしていますが、残念なことに未だに法改正がなされていません。しかし、平成5年(1993年)の参議院決算委員会において、興味深い質疑・応答がなされているので、会議録の一部をそのまま紹介したいと思います。質問者は先の参議院選挙で引退した、下村泰議員(漫才師として有名)です。

○下村泰君 まず、てんかんの方の運転免許についてお伺いしたいんですが、(中略)。てんかんである人はすべてだめだというのはどうもちょっと私は納得がいかないんで、例えば一定の条件、何年も発作もありません、医者が寛解したと証明した場合に免許の取得ができるといったような相対的なことにするような時期が来ているのではないかと思うんです。(中略)。日本てんかん学会の専門医やそれから日本てんかん協会の関係者、実際に事実先進諸国では許可している国もあるんですね。(後略)。

○説明員(関根謙一君) (前略)。ところで、その規定(注:道路交通法八十八条の二号)の運用の関係でございますが、具体的にはこの規定に該当するてんかん病者に当たるかたであるかどうかということにつきましては医師の判断によるということがございまして、ただいま先生が御指摘になりましたような、発作が起こらないというような方であればこれに該当することはないように考えます。でございますので、ただいまの問題は、この規定の適用ないし運用の問題であろうかと存じます。

てんかん病者、道路交通法に言うてんかん病者ではなくて病理学上のてんかん病者の方々で寛解の状態になる方々は、現代の医学の進歩によりましてふえてきているように伺っております。そこら辺のことも私どもの方でこの規定を運用する上で研究をしたいと考えます。そういう趣旨で学会の方々、有識者の方々の御意見を伺いつつこの規定の運用に努めまして、誤りのないようにしたい、このように考える次第でございます。

○下村泰君 よほど難しい答えが返ってくるかと思っていたんですけれども、ありがとうございます。(中略)。ですから大臣、今のお答えを踏まえまして、大臣はどのようにお考えか、ちょっとひとつ。

○国務大臣(村田啓次郎君) 下村委員のご質問、よく承りました。

局長からてんかん病者についてはお答え申し上げたとおりになっておるのでございますが、現在非常に医学が進歩してきておりまして、そして専門家からの御意見もよく承って、また患者の皆様からのお話があればその御意見を承りながら慎重に検討してまいりたい、このように思います。

○下村泰君 ありがとうございます。

思えば、ある人が、昭和51年に自損事故を起こして、運転免許取り消しの通知を受け、それを不服として裁判を起こしてから22年がたちました。裁判では、「てんかんをもつ人であっても発作が十分にコントロールされていれば、道路交通法でいうところのてんかん病者には該当しない」との判決が下されました。運転免許においててんかんは絶対欠格事由ですが、相対欠格事由であるべきとの方向が示されたのです。いいかえれば、医学的にてんかんをもつ人(患者さんであること)と、法制度上てんかんをもつ人(何らかの資格制限を受けなければならない人)とは、異なった定義であることが示されたのです。以後この判決が、実際の運用にどのような影響を与えてきたのか、私には検証のしようがありませんが、この裁判を起こした人の勇気ある行動や、その16年後のてんかん学会の公安委員会への申し入れなど、関係者の努力が先の国会答弁につながったのは、間違いのないことだと思います。一方、実状に合わない法律をそのまま残し、通知、通達で実際の運用をするという、日本の悪しき例をここにみることができます。

4.欠格条項の見直し

政府の障害者施策推進本部の幹事会において、平成5年の「障害者対策に関する新長期計画」および平成7年の「障害者プラン」にもとづき、各種免許・資格における障害を理由とする欠格条項の見直しが進められています。そもそも絶対的欠格事由などが存在すること自体が間違いであり、あらゆる条項は相対的であるべきでしょう。そのためには、法的に資格を制限されなければならないてんかんをもつ人の科学的な定義が必要です。法律を作るのは国会であり、その法律の妥当性を監視しているのが裁判所です。制限が不合理であると感じたら、運転免許でみられたような強い意志をもって訴えることと、制限の合理性に関する科学的な研究がさらに必要とされています。合理的な制度の創設とその遵守こそが、障害を持つ人の権利を守り、社会の安全を高める根幹と思われます。

参考文献

1)木下哲雄。法律-免許・資格の制限に関連して。てんかん学、秋元波留夫ら(編)、pp652-655、岩崎学術出版社、東京(1984)。

2)久保田英幹。てんかん患者に対する社会的援助。小児内科、27(8):1218-1223(1995)。

3)久保田英幹。てんかんの包括治療。臨床精神医学講座9—てんかん、鈴木二郎ら(編)、pp531-546、中山書店、東京(1998)。

4)第十五部決算委員会(第百二十五国会閉会後)会議録第一号。平成五年一月二十一日【参議院】、pp34-35。